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Diorも共感した死の美しさとは

The moment when letters become space

文字は、意味を運ぶ乗り物だと思っていた。
「リンゴ」と書けばリンゴが浮かび、「悲しい」と書けば悲しみが伝わる。文字はその意味に奉仕するために存在する
──そう信じてきた。

岡崎真理子の作品を見ると、その考えは変わるだろう。

タイポグラフィという、古くて新しい問い

タイポグラフィとは、文字のサイズ・書体・配置・間隔などを設計するデザインの技術だ。活版印刷(金属の活字を並べて印刷する技術)が生まれた15世紀から続く、グラフィックデザインの根幹にある分野でもある。

長い歴史の中で、タイポグラフィは「読みやすさ」と「美しさ」を両立させることを目標にしてきた。

情報を正確に届けること。それが使命だった。
だが岡崎真理子は、そこに別の問いを持ち込む。
文字が意味を「届ける」のではなく、意味を「体験させる」ことはできないか。

文字が読まれるのではなく、感じられるとしたら、どうなるか。

オランダで開かれた、もう一つの扉

慶應義塾大学卒業後、彼女はオランダへ渡る。
進学したのはゲリット・リートフェルト・アカデミー。アムステルダムに拠点を置く、世界的なアートとデザインの学校だ。この学校の名前は、オランダ人建築家・デザイナーのヘリット・トーマス・リートフェルト(赤・青・黄の「赤青椅子」で知られる)に由来する。「形と機能を分離しない」という思想を受け継ぎ、実験的なデザイン教育で知られている。
その環境が、岡崎真理子の思考を変えたはずだ。
日本で学んだ「正確に伝えるデザイン」の外側に、デザインがあった。文字は道具ではなく、それ自体が空間になりえる。
帰国後、東京にデザイン事務所 REFLECTA Inc. を設立。「反射する(reflect)」という社名が、彼女の仕事の構造を示している。

「In the Syntactic Forest」という体験

彼女の個展タイトルは「In the Syntactic Forest」。
Syntacticとは、言語における「統語論(シンタックス)」──言葉がどう並び、どう接続し、どう意味を生むかという構造の学問──を指す形容詞だ。「統語論の森」の中を歩くということは、言葉そのものの仕組みの中に迷い込むことを意味する。
この展覧会で体験したことを、言語で説明することは難しい。文字は目の前にある。だが、読めない。いや、読めるが、意味を処理する前に、別の何かが届く。文字が空気になる、という感覚だ。
岡崎真理子の作品は、「言語と視覚の境界」を問い続けている。それは、私たちが言語をどう知覚しているかという問いでもある。

受賞という確認

Tokyo TDC(タイポグラフィの国際的な賞)2023年受賞。 JAGDA新人賞(日本グラフィックデザイン界で最も権威ある新人賞)2024年受賞。
受賞は結果であって、目的ではない。だが、受賞という事実は「問い」が世界に届いたことを示している。
文字が空間になる瞬間は、確かにある。
岡崎真理子はそれを、証明しようとしているのではなく、体験させようとしている。その違いが、作品を作品にしている。